(事案の内容)
労働者Xの複数の教員及び学生に対するハラスメント行為があったと認めることはできず、学校法人YのXに対する停職処分に、客観的合理的理由及び社会的相当性は認められず無効と判断した。
(経緯)
1 労働者X(以下「X」という。)は、昭和58年4月に、学校法人Y(以下「法人Y」という。)に雇用され、平成22年4月から法人Yが設置する大学の教授として勤務していた。
2 法人Yの就業規則には、懲戒処分の規定において「ハラスメントの防止」が懲戒事由として規定されており、懲戒処分は、「譴責」「減給」「出勤停止」「停職」「諭旨解雇」「懲戒解雇」が定められていた。
なお、「停職」は、「1ヵ月以上1年以内を限度として出勤を停止し、職務に従事させず、その間の給与を支給しない。」と定められていた。
3 令和元年5月、法人Yの教員2名から、Xを対象とするハラスメントの申立てがあったため、法人Yのハラスメント調査委員会が設置され調査が行われた。
令和2年5月13日、法人Yは、Xに対し、Xの複数の教員や学生に対するハラスメント行為により精神的苦痛を与え、業務及び本学の信用を損なったという懲戒理由により、1年間停職とする懲戒処分を行った。
なお、Xは、過去に懲戒処分を受けたことはなかった。
【裁判所の判断】
1 使用者が労働者を懲戒できる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効となる。
2 懲戒事由の有無について
(1) 教員Cに対するハラスメント行為の有無
Xの後任として学科長となった教員Cが、最古参の教授であるXを指導しづらいと感じていたとしても、当時Xが自己の立場から事実上の影響力を行使できたなどという事情はうかがわれず、あくまで心理的・心情的な事情に過ぎないものであるから、XがCに対して優越的な関係にあったとはいえない。
また、XがCに対してメールで「責任回避」などと表現したことについて、仮にXによる度を越えた批判等があれば、Cが学科長の立場としてXに指導・注意して改善を促すべきであり、就業規則の懲戒事由に該当しない。
(2) 教員Dに対するハラスメント行為の有無
XのDに対する「だからアンタはダメなのよ」、「私に対し失礼、謝るべき」などという発言は、威圧的かつ侮辱的であり、業務上必要かつ相当な範囲を超えるものであるからパワハラに当たるというべきである。
しかし、Dは、当時法人Yに正式なハラスメントの申立てを行わず、Xのパワハラにより精神疾患に罹患したり、休職や退職などの重大な結果が生じておらず、以後Xからの厳しい指導・注意は収まった。
そのため、法人YがDからの相談を受けて、何らかの指導・注意をしたこともうかがわれないところ、法人Yによる対応は停職という重大な処分の懲戒事由に該当しない。
(3) 教員Fに対するハラスメント行為の有無
Fは、平成24年3月に法人Yを退職する際、Xから受けたパワハラの内容を記載した手紙を学長宛に差し出したが、これに対し、法人YからXに何らかの指導・注意をしたことはうかがわれない。
また、Fに対するハラスメントは、Xへの懲戒処分から約10年が経過しており、それまで調査・処分等がなされなかったことから、本件に係るハラスメントの申立てをきっかけに問題視することは、使用者として一貫性を欠く恣意的な対応であり、停職という重大な処分の懲戒事由として主張することは失当である。
(4) 学生Gに対するハラスメント行為の有無
XのGに対する発言は、学生が勉強を放棄していたり、注意を受け入れなかったときにやる気を出させる場合に限っている旨を供述していることから、威圧的や侮辱的な者でない限り、許されない指導とまで断じることはできず、懲戒事由に該当するとは言えない。
(5) 学生Iに対するハラスメント行為の有無
XのIに対する発言は、定期試験の受験資格、卒業や資格取得のために授業に出席することが必要であるため、学生に対して授業に出席できるよう環境調整に努めるよう指導することは当然のことであり、その際に学生の心構えを改めさせるためにある程度厳しい指導となることも一定程度許容されるなど、懲戒事由に該当するとはいえない。
3 客観的合理的理由ないし社会的相当性について
(1) 上記のとおり、懲戒事由に該当するハラスメント行為は認められないが、客観的合理的理由ないし社会的相当性について付言するに、法人Yにおいて、1年間の停職は、就業規則における停職期間の上限であり、懲戒解雇、諭旨解雇に次いで重い懲戒処分ということができ、労働者は停職期間の1年間給与の支給を受けられず、解雇に匹敵するような重大な影響を与えることから、正当化されるには、それに見合うような事由が存在することを要する。
そして、パワハラが、暴力行為や暴言のように明らかに違法行為に当たる場合であればともかく、教員や学生に対する指導等として過剰なないし不相当であるなどの程度に止まるものであれば、それを指導・注意して改善の機会を与えて、それにもかかわらず改善が見られないような場合に初めて重大な処分に及ぶことが正当化される。
(2) Cが平成28年の1年間に5人の学生・保護者からXに関する訴えがあり、Xに注意喚起をしたが、この際、Xに対して具体的にどのような指導・注意をしたか明らかでなく、また、その他の機会に、Xに対して個別に教員や学生に対する指導等につき指導・注意したとは認められない。
これに加えて、従前、Xに対して譴責や減給等のより軽微な懲戒処分やそれに満たない訓告等がされたことがなかったにもかかわらず、突如として1年間の停職という重大な懲戒処分をすることは、Xに対する不意打ちであり、合理性を欠く。