【結論】
労務提供の形態や報酬の労務対象性及びこれらに関連する諸要素を総合的に判断した結果、アイドルと事務所との間で実質的な使用従属性が認められる場合には、労働基準法上の労働者に該当すると考えられます。
事務所からアイドルに対する違約金の請求が違法となるには、労働基準法16条に違反しているといえなければなりません。
もっとも、労働基準法が適用されるには、労働基準法上の「労働者」に該当すると判断される必要があります。
ここで、アイドルの場合、一般的には事務所との間でマネジメント契約を締結していることから、個人事業主として業務委託契約を締結しているため、労働者に当たらないとも思われます。
しかし、労働者か個人事業主かは、締結している契約の名称ではなく、締結している内容、従事している業務内容等の事情から、事務所とアイドルとの間に使用従属関係があるか否かにより判断することになります。
主な考慮要素としては、次の事項が挙げられます(労働基準法研究会労働契約等法制部会 「労働者性検討専門部会報告」平成8年3月参照) 。
1 使用従属性の有無について
(1)指揮監督下の労働に関する判断基準
①具体的仕事の依頼・業務従事の指示に対する諾否の自由の有無
②業務遂行上の指揮監督の有無
③勤務場所・勤務時間の拘束性の有無
(補強要素として)
④労務提供の代替性の有無
(2)報酬の労務対象性について
・報酬が「労働の対償」である賃金の性質を有するか否か
2 その他補強要素(「使用従属性」の判断が困難な場合に勘案される)
(1)事業者性の有無
①機械、器具等の負担関係
②報酬の額
(2)専属性の程度
具体的に、アイドルの労働者性について争われた裁判例において、考慮要素をどのように判断し、労働者性を肯定・否定したのか、それぞれの事例を紹介します。
▷ アイドルの労働者性を肯定した裁判例
〖大阪地判令和5年4月21日令和2年(ワ)第10940号、令和3年(ワ)第2611号〗
[事案の概要]
マネジメント会社XとアイドルYは、契約違反1回につき違約金として200万円を支払らうという規定が含まれる専属マネジメント契約を締結し、Yは、X社に専属するタレントとなり、アイドルグループAのメンバーとして芸能活動を行っていた。
X社の代表者と友人関係にあるBは、X社の代表者からの依頼を受けて、Aの仕事を取ってきたり、宣伝活動を行ったり、AのメンバーでX社代表者の子であるCを通じて指示をだすようになった。
Aのメンバーは、あらかじめ差支えの日時があれば、事前に申告し、タイムツリーに記入していたが、主にBが取ってきた仕事をCに伝えて、Aの知名度を上げる仕事であれば、基本的に仕事を断らずに、Cがタイムツリーに記入することで、メンバーが仕事のスケジュールを把握していた。また、仕事と私用が重なる場合には、できる限り仕事を優先するということがメンバーに要望されていた。
X社代表者及びBの判断で、契約書の定めに基づき、メンバーに固定給が支払われていた。
その後、Yは、適応障害と診断され、Aを脱退したが、X社がYに対し、イベント等の欠席や脱退の5回の契約違反を理由に1000万円の違約金を請求した。
[論点]
会社から労働者に対する違約金の請求は、労働基準法16条に違反するため、Yが労働基準法上の「労働者」に当たるか。
[裁判所の判断(抜粋)]
「契約上は、Aの芸能活動の選択及び出演依頼等に対する諾否は、YX社が協議のうえ、決定するものとするとされていたが、Aの知名度を上げる活動は基本的に全部受けることとされており、メンバーは、Aの活動としてライブ、レコーディング、リハーサル等の日程については、可能な限り調整して仕事を受けることを要望されていた。
また、Yには、契約期間中、X社に専属的に所属するタレントとして、X社の指示に従い芸能活動を誠実に遂行するものとする義務が課せられ、違反すると200万円の違約金を支払わなければならないとされていたから、単なる努力義務ではなかった。
Yは、Bの指示どおりに業務を遂行しなければ、1回につき違約金200万円を支払わされるという意識のもとで、タイムツリーに記入された仕事を遂行していたものであるから、これについて諾否の自由があったとは認められず、時間的場所的拘束性もあったと認められる。」
「X社は、Bに委任して、Aの芸能活動がうまくいくように、Bが仕事を取ってきて、Aのメンバーに対して、主にCを通じて、仕事のスケジューリングを決めて、ある程度、時間的にも場所的にも拘束した上、Cを通じて又は直接、その活動内容について具体的な指示を与えており、その指示に従わなければ、違約金を支払わされるという状況にあったから、X社のYに対する指揮監督があった。」
「Yは、X社から報酬を月額で定額支払われており、A加入当初低かった月額が、在籍期間が長くなるにつれて漸次増額されていた。
そうすると、週に1日程度の休日を与えるほかは、あらかじめスケジューリングをして、時間的にも場所的にもある程度拘束しながら、労務を提供させていたものであるから、その労務の対償として固定給を支払っていたと認めるのが相当である。」
という事情から、Yに労働者性があると判断しました。
▷ アイドルの労働者性を否定した裁判例
〖東京地判令和3年9月7日令和元年(ワ)第23219号〗
[事案の概要]
亡Cは、「農業アイドル」として活動するタレントの発掘及び育成等に関する業務を行うY社と契約を締結し、Y社に所属するアイドルグループ「D」のメンバーとして活動していた。
なお、契約書には、違約金や固定報酬に関する規定は定められていなかった。
Dの活動においては、Y社が参加してもらいたいと考えたメンバーの予定にイベント等を登録していたが、登録時には、メンバーの参加は確定せず、当該メンバーが活動への「参加」か「不参加」を選択することで決定していた。
また、都合がつかなかったり、参加を希望しないイベント等であったりした場合には、「不参加」を選択してイベント等に参加しないこともあった。
そして、Dの活動に対してY社から報酬は支払われていなかったが、メンバーの保護者からの、熱心に活動したメンバーには金銭が支払われるべきという意見に応じ、売上げの5%を報酬として支払うことにした。
Dの結成当時、メンバーにペナルティが課されることはなかったが、イベントへの遅刻や忘れ物によりグループ活動に支障を生じさせることがあったため、報酬を減額するという内容のペナルティを設けることとなった。
そこで、亡Cの両親Xらが、Y社に対し、亡Cが労働者であることを理由に、報酬が賃金に当たり最低賃金との差額を請求した。
[裁判所の判断]
「亡Cは、グループのイベントの9割程度に参加していたが、イベントへの参加は、予定として入力されたイベントについて亡Cが「参加」を選択して初めて義務付けられるものであり、「不参加」を選択したイベントへの参加を強制されることはなかった。また、契約にも就業時間に関する定めはなかった。」
「Xらは、高校進学後の亡Cのイベントへの参加率は9割であったと供述しており、Y社が亡Cのスケジュールに入力したイベントのうち1割くらいのものについては「不参加」を選んで参加しなかったと述べている。
また、亡Cがイベントが嫌で参加したくないなどと言っていたのは、Xらが知る限り2回くらいしかなかったとも供述しており、このことからも、亡Cは上記9割ほどのイベントには任意に参加していたことがうかがわれる。」
「Xらは、少なくとも本件システムでイベント等への「参加」を選択し、当該イベント等に参加することが決まった後は、自分の一存で参加を取りやめることは許されておらず、亡Cには諾否の自由がなかったとも主張する。
しかしながら、いったんイベント等への参加が決まると、そのメンバーが参加することを前提に会場や企画の準備、練習などが行われるのであるから、その後に当該メンバーの一存でイベントへの参加を取りやめてしまうと、他のメンバーや関係者に影響を与えることは避けられず、場合によっては大変な迷惑をかけることになることがあることは明らかである。
したがって、一旦イベント等に参加することが決まった後に自分の一存で参加を取りやめることが許されなくなることは、イベント等への参加を決めた自らの先行行為に基づく当然の責任であるというべきであり、このことはY社への従属を意味するものではなく、上記Xらの主張は、亡Cの労働基準法上の労働者性を基礎付けるものとしては失当である。」
「グループのメンバーに支払われていた報酬は、グループのメンバーの励みとなるように、その活動によって上がった収益の一部を分配するものとしての性質が強く、メンバーの労務に対する対償としての性質は弱い」
と判断し、労働者性を否定する判断をしました。
労働者性の有無について、判断の決め手となったのは、
イベントやライブなどの活動の参加をアイドルが自由に決定することができたか否か、
アイドルの参加又は不参加の判断に当たり、不参加とすることに対してペナルティがなく、参加又は不参加を真に自由に決定できたといえるか、
固定報酬が定められていたか否か
という点が挙げられるかと考えられます。
具体的な事実関係により変わり得ると考えられますが、イベントなどの参加又は不参加を自由に決定できるか否か、不参加とすることによるペナルティの有無という点は、指揮命令関係の有無の重要な考慮要素になると思われます。
事務所から違約金を請求されているが支払うべきかなど、事務所との労働問題に関してお悩みの場合には、まずはご相談ください。